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東京高等裁判所 平成4年(行コ)137号 判決 1994年7月18日

東京都江東区亀戸一丁目三八番六号

控訴人

新住宅工務株式会社

右代表者代表取締役

渡部憲治

右訴訟代理人弁護士

芦田浩志

東京都江東区亀戸二丁目一七番八号

被控訴人

江東東税務署長 高木丈

右指定代理人

小濱浩庸

志村勉

村山文彦

信太勲

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被交差人が控訴人の昭和五九年八月一日から昭和六〇年七月三一日までの事業年度の法人税について昭和六三年六月二九日付けでした更正のうち所得金額(欠損金額)を一億六四五六万六〇二四円として計算した額を超える部分を取り消す。

3  被控訴人が控訴人の昭和六一年八月一日から昭和六二年七月三一日までの事業年度の法人税について昭和六三年六月二九日付けでした更正(ただし、平成四年五月二九日付け再更正により減額された後の部分)のうち所得金額を零円、繰越欠損金額を一億五六一一万五九七四円として計算した額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

4  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり当審における新たな主張を付け加えるほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目裏一一行目の初めの「隣接地」の次に「借地権」を加え、五枚目裏五行目の「左のとおり富士建が取得するに至る」を「富士建が大都から取得することが予定されていた」と、六枚目裏一行目の「キ」を「(2)」と、同二行目から三行目にかけての「代金を支払うとして」を「代金の支払という名目で」と、同三行目の「交付した。」を「交付したが、右契約書作成に至る経緯は次のとおりである。」と、同四行目の「(2)」を「ア」と、七枚目表五行目の「(3)」を「イ」と、「(2)」を「ア」、同裏四行目の「繰り返した」を「繰り返し、前記のとおり右勘定の残高は一億一五一九万円に達した」と、八枚目表三行目の「原告が」から四行目の「残高である」までを「売上原価ではなく、控訴人が富士建に対して有する貸付金の残高である」と、一二枚目表一〇行目の「(2)」を「(2)ア」と、同裏三行目の「(3)」を「(2)イ」と、四行目の「(4)」を「(3)」と、一五枚目裏四行目の「(1)キ」を「(2)」とそれぞれ改め、一六枚目裏一〇行目から一七枚目表一行目までを削る。)。

一  控訴人

1  昭和六〇年七月期更正に関する調査目的の変更の違法性

昭和六二年一一月一六日控訴人の本店に調査に訪れた被控訴人の職員である野村某は、控訴人に対し、控訴人と大都間の群馬県藤岡市本号字寺山ほか所在の山林の譲渡に関する計算の証拠関係を調査する必要があると告知した。右事実からすれば、昭和六二年七月期の法人税確定申告書並びに決算報告書の写しの提出自体では大都に対する昭和六二年三月三一日の右山林処分の経理が必ずしも自明とはいえないために、右関係事項が調査の目的であったところ、右目的の調査に対しては、右同日、控訴人の代表者渡部憲治が関係書類に基づいて右野村に説明したから、被控訴人はその場でその目的を遂げたはずである。

ところが、被控訴人は、調査目的事項を控訴人と上田修ないし富士建との間の金銭取引ないし手形取引の経過に変更し、昭和六二年七月期から右取引開始時期に遡って各事業年度の金額、受取手形の場合はその原因関係をも調査の目的事項とすることを決定し、その旨右野村に指示して、同月一七日、右追加調査事項を告知せずに調査を行わせ、右野村は、国税調査官として右調査を控訴人に対して行った。

このような被調査者に告知せずにした調査目的事項の追記的変更は、適正なものではなく、これに基づく本件各更正処分及び賦課決定処分は違法である。

2  昭和六二年七月期更正の調査事項の事項的及び時的限界

(一) 国税通則法二条五号にいう納税者が不公正な税負担に異議を申述する主体性が認められる税制のもとでは、課税標準や税額の計算などにかかる調査は、調査事項を明定した上、当該事項を被調査者に明示してこれをすべきものであるが、昭和六二年七月期更正の調査においては、右調査事項の明示がなされていないから違法である。

(二) 被控訴人が当初調査において、大都に対する前記山林処分の計算の国税諸法適用の適否を調査事項としたのであれば、調査は事項的にも、時的にもそのことに限定されるべきものである。控訴人は、昭和六二年三月三一日の大都に対する右山林の売却処分の直前の時点で、処分の相手方である大都に借入債務があり、当該債務の元利返済を当該山林が担保していたことが確認されれば、調査は目的を達するのであって、その確認のための調査を尽くさないで調査を続行したことは、調査の目的を逸脱したものとして違法である。

3  憲法八四条の違反等

(一) 本件の場合のように、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従い、一つの継続的事業につき数事業年度にわたって行った損益の各年度への帰属(未成工事支出金勘定への計上)を、七年前に遡って変更させるような計算否認の税法の適用は、国税通則法七〇条一項に違反するのみならず、その目的が恣意的で、その結果も自由な営利目的追求行為に不当な困惑を生じさせるものであるから、違憲の徴税法規の適用となるというべきである。

(二) 課税は、担税力ある者が、納税義務の自覚をもって営利の結果ないし損失を得たその結果について当該担税主体に対し行うべきであるのに、本件課税は、明らかに利益が生じた者への課税ははじめから何ら追及しないで、ただ取得利益より利益追求のための出捐が大きかったという結果から、その損失は営業行為ではなかったと強いてかつ故意に事実をすりかえて行ったものであり、外形は法令の適用の形式を借りつつ課税及び課税条件法定主義に違反した徴税で違憲である。

二  被控訴人

1  調査目的の変更の主張について

(一) 被控訴人の控訴人に対する調査目的は、国税通則法七〇条に規定する更正の期間制限の範囲内における各事業年度の申告所得金額が正しいかどうかを確認することであり、本件土地に係る取引関係を調査対象としても、右目的の範囲内における調査活動であり、調査目的を変更したことにはならない。

(二) 法人税法一五三条の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実体法上特段の定めのない細目については、質問検査の必要性と相手方の私的利益の衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、これを権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられたものと解されており、この場合、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知などは、質問検査を行う上で法律上一律の要件とされているものではない。

したがって、税務職員が税務調査に当たって事前に調査目的を具体的に被調査者に告知しなければならないわけではないし、当初の目的以外に調査する必要があると認められた事項がある場合において、調査事項の変更又は追加を事前に告知しなければ、調査することができないわけではない。

(三) 本件において、被控訴人の調査担当者が本件調査に際し、控訴人に事前に具体的な調査の目的を告げていないとしても、右告知は質問検査権を行使するための要件ではないのであるから、本件調査の過程において本件土地をめぐる取引関係を調査対象としたからといって、何ら違法となるものではない。

2  更正期間の制限の主張について

被控訴人は、控訴人が昭和六〇年七月期の法人税の確定申告において本件土地に係る売上金として五三四〇万円を益金の額に算入するとともに、未成工事支出金勘定に計上していた金一億一五一九万円を売上原価として損金の額に算入して、同期の所得金額を算出しているのに対し、右売上原価のうちの二五〇〇万円については、その使途が不明であるから、損金の額に算入することができないとして、昭和六〇年七月期に係る更正処分を行ったものである。

右更正処分は、控訴人がなした昭和六〇年七月期に係る所得金額の計算が法人税の規定に従っていないこと、すなわち、法人税法上損金の額に算入することができない支出金を損金の額に算入していることを理由としてなされたものであり、国税通則法二四条の規定に則って更正を行ったにすぎない。

右否認金額二五〇〇万円が数事業年度前から未成工事支出金勘定に計上されていたとしても、資産勘定たる未成工事支出金勘定に計上していた金額は、控訴人の本件係争各事業年度前の各事業年度において、損金の額に算入されていなかったのであるから、右各事業年度において更正の対象となり得なかったものであり、かつ、元来本件各係争事業年度の損金の額に算入することができない金額を未成工事支出金勘定に計上していたからといって、その一事をもって、右計上額が損金の額に算入されるべき根拠とすることはできない。

したがって、昭和五六年七月期に未成工事支出金として二五〇〇万円を計上した会計処理が、昭和六三年六月二九日付けの昭和六〇年七月期に係る更正処分によって否定されたとしても、国税通則法七〇条に違反するものではない。

3  調査の対象となる期間の主張について

国税通則法七〇条一項一号は、その国税に係る国税の法定申告期限から三年を経過した日以後においては、更正をすることができないと規定するにすぎず、調査担当者が調査の対象として閲覧検査し得る事実関係の発生時期を制限したものではない。

また、前記1で述べたとおり、法人税法一五三条の質問検査権の範囲、程度等は税務職員の合理的な選択に委ねられていると解されることからも、被控訴人の所部係官が本件調査において、控訴人の本件係争各事業年度の所得金額を確認するために、昭和五九年一〇月一日以前に発生した事実関係を調べることは、合理的な範囲においては当然行うことが許されるものである。

したがって、本件調査において、昭和六二年七月期の法定申告期限である同年九月三〇日から三年を遡った昭和五九年一〇月一日以前の事実関係を調査の対象としても、国税通則法七〇条一項一号に違反し、本件調査が違法となるものではない。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の原審における書証目録及び証人等目録並びに当審における書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、当審における控訴人の主張に対する判断を次のとおり付け加えるほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二〇枚目裏六行目の「甲第一九号証の一、」の次に「甲第二六号証、甲第二七号証の二、」を加え、同七行目から八行目にかけての「甲第二五、第二六号証、甲第二七号証の二、」を「甲第二五号証」と、二二枚目表七行目の「『左記土地近隣者等」から八行目の「(四条)」までを「本件隣接地について控訴人が有していた地位ないし権利の内容という具体的な契約の対象がなんら明らかにされていない上」とそれぞれ改め、同一一行目の「(六条)との」の次に「売買契約としては異例の」を加え、同裏一行目の「『左記土地』及び」及び「いずれも」を削る。)。

1  調査目的の告知及び変更等に関する主張について

(一)  控訴人は、控訴人に対する被控訴人の法人税の確定申告にかかる調査の発端が、群馬県藤岡市内の控訴人所有の山林を大都に譲渡したことにあるとした上、一旦被調査者に告知した調査目的を一方的に変更することは違法であるとか(昭和六〇年七月期更正)、課税標準や税額の計算などにかかる調査は、調査事項を特定し、被調査者に明示してこれを行うべきであり、その告知を欠く調査は違法である(昭和六二年七月期更正)と主張する。

しかしながら、本件各証拠によるも、本件調査の端緒が控訴人の主張するような事実であり、かつそれが調査目的として控訴人に告知された事実を認めることはできない。そもそも、被控訴人の控訴人に対する法人税の確定申告にかかる調査目的は、国税通則法七〇条に規定する更正の期間制限の範囲内における各事業年度の申告所得金額が正しいかどうかの確認であり、控訴人が主張するのは調査の端緒にすぎないのであるから、本件土地に係る取引関係を調査対象としても、右目的の範囲内における調査活動であり、調査目的を変更したことにはならない。

(二)  のみならず、税務署の調査権限を有する職員が法人税の確定申告にかかる調査をする場合、被調査者に調査の具体的な対象事項を明示してこれを行うことや、一旦明示した調査対象事項を変更する場合に被調査者に変更した対象事項を再度告知することが法律上一律の要件とされているものではない。質問検査権の行使においては、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される(最高裁昭和四八年七月一〇日決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)のであり、本件において、被控訴人が調査対象事項を明示せず、あるいは変更した調査対象事項を告知しなかったとしても、そのことが著しく不合理であると認めるに足りる証拠はない。

(三)  よって、控訴人の右各主張はいずれも採用できない。

2  憲法八四条違反の主張について

(一)  控訴人は、本件更正処分は、一つの継続的事業を数事業年度にわたって行った損益の各年度への帰属を、七年前に遡って変更させるような計算否認の税法の適用であり、国税通則法七〇条一項に違反するのみならず、その目的が恣意的で、その結果も自由な営利目的追求行為に不当な困惑を生じさせるものであるから、違憲な処分である旨主張する。

しかしながら、本件更正処分による否認金額が昭和五六年七月期から昭和五九年七月期までの間において未成工事支出金勘定に計上されていたとしても、資産勘定たる未成工事支出金勘定に計上していた金額は、控訴人の本件係争各事業年度前の各事業年度において、損金の額に算入されていなかったのであるから、右各事業年度において更正の対象となり得なかったものであって、各事業年度ごとにその税法上の取扱いが確定するものではない。のみならず、被控訴人は、控訴人が昭和六〇年七月期の法人税の確定申告において本件土地に係る売上金として五三四〇万円を益金の額に算入するとともに、未成工事支出金勘定に計上していた金一億一五一九万円を売上原価として損金の額に算入して、同期の所得金額を算出しているのに対し、右売上原価のうちの二五〇〇万円については、その使途が不明であるから、損金の額に算入することができないとして、昭和六〇年七月期に係る更正処分を行ったものであり、元来本件各係争事業年度の損金の額に算入することができない金額を未成工事支出金勘定に計上していたからといって、その一事をもって、右計上額が損金の額に算入されるべき根拠とすることはできない。

したがって、昭和五六年七月期に未成工事支出金として二五〇〇万円を計上した会計処理が、昭和六三年六月二九日付けの昭和六〇年七月期に係る更正処分によって否定されたとしても、国税通則法七〇条に違反するものではない。

(二)  また、控訴人は、控訴人に対する本件課税処分は、利益取得より利益追求の出捐が大きかったという結果から、その損失は何ら控訴人の営業行為ではなかったと故意に事実をすりかえて国税徴収法規を適用したものであるから、課税及び課税条件を法定した憲法八四条に違反する旨主張するが、証拠に基づかない憶測による独自の見解であって、採用することができない。

二  よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用は控訴人に負担させることとして、主文のととおり判決する。

(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 林道春 裁判官 柴田寛之)

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